古典を楽しむ


枕草子

  
〔一〕
  
  春はあけぼの。やうやうしろくなり行く、山ぎはすこしあかりて、むらさきだちたる雲のほそくたなびきたる。

  夏はよる。月の頃はさらなり、やみもなほ、ほたるの多く飛びちがひたる。また、ただひとつふたつなど、ほのかにうちひかりて行くもをかし。雨など降るもをかし。

  秋はタ暮。タ日のさして山のはいとちかうなりたるに、からすのねどころへ行くとて、みつよつ、ふたつみつなどとびいそぐさへあはれなり。まいて雁などのつらねたるが、いとちひさくみゆるはいとをかし。日入りはてて、風の音むしのねなど、はたいふべきにあらず。

  冬はつとめて。雪の降りたるはいふべきにもあらず、霜のいとしろきも、またさらでもいと寒きに、火などいそぎおこして、炭もてわたるもいときづきし。昼になりて、ぬるくゆるびもていけば、火桶の火もしろき灰がちになりてわろし。

〔二〕
  
  頃は、正月・三且・四月・五月・七八九月・十二一月、すべてをりにつけつつ、一とせながらをかし。

(表記はやむなく一部変更してあります)


  
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徒然草

  
序段

  つれづれなるままに、日暮らし、硯にむかひて、心にうつりゆくよしなし事を、そこはかとなく書きつくれぱ、あやしうこそものぐるほしけれ。

第一段

  いでや、この世に生れては、願はしかるぺき事こそ多かめれ。

  御門の御位はいともかしこし。竹の園生の末葉まで、人間の種ならぬぞやんごとなき。一の人の御有様はさらなり、ただ人も、舎人など給はるきははゆゝしと見ゆ。その子・孫までは、はふれにたれど、なほなまめかし。それより下つかたは、ほどにつけつつ、時にあひ、したり顔なるも、みづからはいみじと思ふらめど、いとくちをし。

  法師ばかり羨ましからぬものはあらじ。「人には木の端のやうに思はるゝよ」と清少納言が書けるも、げにさることぞかし。いきほひまうに、のゝしりたるにつけて、いみじとは見えず。増賀ひじりのいひけんやうに、名聞ぐるしく、佛の御をしへに違ふらんとぞおぼゆる。ひたふるの世すて人は、なかなかあらまほしきかたもありなん。

  人は、かたち・ありさまのすぐれたらんこそ、あらまほしかるぺけれ。物うちいひたる、聞きにくからず、愛敬ありて、言葉おほからぬこそ、飽かず向はまほしけれ。めでたしと見る人の、こころ劣りせらるゝ本性みえんこそ口をしかるぺけれ。

  しな・かたちこそ生れつきたらめ、心はなどか、賢きより賢きにも移さば移らざらん。かたち・心ざまよき人も、才なく成りぬれぱ、しなくだり、顔憎さげなる人にも立ちまじりて、かけずけおさるるこそ、本意なきわざなれ。

  ありたき事は、まことしき文の道、作文、和歌、管絃の道、また有職に公事の方、人の鏡ならんこそいみじかるぺけれ。手など拙からず走りかき、聲をかしくて拍子とり、いたましうするものから、下戸ならぬこそをのこはよけれ。

第二段

  いにしへのひじりの御代の政をも忘れ、民の愁へ、國のそこなはるゝをも知らず、萬にきよらを蓋くしていみじと思ひ、所せきさましたる人こそ、うたて、思ふところなく見ゆれ。

  「衣冠より馬・車にいたるまで、あるにしたがひて用ゐよ。美麗をもとむる事なかれ」とぞ、九條殿の遺戒にも侍る。順徳院の禁中の事どもかゝせ給ヘるにも、「おほやけの奉り物は、おろそかなるをもてよしとす」とこそ侍れ。

(表記はやむなく一部変更してあります)


  
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奥の細道

発端

  月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人なり。舟の上に生涯を浮かべ、馬の口とらへて老いを迎ふる者は、日々旅にして、旅を栖とす。古人も多く旅に死せるあり。予もいづれの年よりか、片雲の風に誘はれて、漂泊の思ひやまず、海浜にさすらへ、去年の秋、江上の破屋に蜘蛛の古巣を払ひて、やや年も暮れ春立てる霞の空に、白河の関越えんと、そぞろ神のものにつきて心を狂はせ、道祖神の招きにあひて取るもの手につかず、股引の破れをつづり、笠の緒付けかへて、三里に灸すうるより、松島の月まづ心にかかりて、住めるかたは人に譲り、杉風が別しょに移るに、

  草の戸も住み替はる代ぞ雛の家

表八句を庵の柱に掛け置く。

旅立ち

  弥生も末の七日、あけぼのの空朧々として、月は有明にて光をさまれるものから、富士の峰幽かに見えて、上野・谷中の花の梢またいつかはと心細し。むつまじき限りは宵よりつどひて、舟に乗りて送る。千住といふ所にて船を上がれば、前途三千里の思ひ胸にふさがりて、幻の巷に離別の涙をそそぐ。

  行く春や鳥蹄き魚の目は涙

これを矢立の初めとして、行く道なほ進まず。人々は途中に立ち並びて、後影の見ゆるまではと、見送るなるべし。

(表記はやむなく一部変更してあります)


  
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梁塵秘抄

  
  梁塵秘抄巻第一

  長哥十首

  祝

  そよ、君が代は千世に一たぴゐる塵の白雲かゝる山となるまで。

  春

  そよ、春立つといふばかりにやみ吉野の山もかすみて今朝は見ゆらん。

  夏

  そよ、我やどの梅の立枝や見えつらん思ひのほかに君が來ませる。

  そよ、我やどの池の藤浪さきにけり山ほとゝぎすいつか來なかん。

  秋

  そよ、秋きぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞ驚かれぬる。

  冬

  そよ、ほのぼのと有明の月の月かげに紅葉吹おろす山おろしの風。

  そよ、神無月ふりみ降らすみ定めなき時雨ぞ冬のはじめなりける。

  雑

  そよ、津の國の長柄の橋も造るなりいまは我身を何にたとへん。

  そよ、大原や朧の清水世にすまば又もあひみん面がはりすな。

  そよ、むすぶ手のしづくに濁る山の井のあかでも人に別れぬるかな。

  (表記はやむなく一部変更してあります)


  
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折たく柴の記
  

  むかし人は、いふべき事あれぱ、うちいひて、その余はみだりに、ものいはず、いふべき事をも、いかにも、ことぱ多からで、其義をつくしたりけり。

我父母にてありし人々も、かくぞおはしける。父にておはせし人の、その年七十五になり給ひし時に、傷寒をうれへて、事きれ給ひなんとするに、医の来りて獨参湯をなむ、すゝむぺしといふ也。よのつねに、人にいましめ給ひしは、年わかき人はいかにもありなむ、よはひかたぷきし身の、いのちの限りある事をもしらで、藥のためにいきぐるしきさまして終りぬるはわろし、あひかまへて心せよとのたまひしかぱ、此事いかにやあらむといふ人ありしかど、痰喘の急なるが、見まいらするもこゝろぐるしといふほどに、生薑汁にあはせてすゝめしに、それよりいき出給ひて、つゐに其病癒給ひたりけり。

後に母にてありし人の、いかに此程は、人にそむきふし給ふのみにて、また物のたまふ事もなかりし、ととひ申されしに、されぱ、頭のいたむ事、殊に甚しく、我いまだ人にくるしげなる色みえし事もなかりしに、日頃にかはれる事もありなむには、しかるべからず、又世の人、熱にをかされて、ことぱのあやまち多かるを見るにも、しかじいふ事なからむにはと思ひしかぱ、さてこそありつれと答給ひき。

これらの事にても、よのつねの事ども、おもひはかるべし。かくおはせしかば、あはれ、問まいらせぱやとおもふ事も、いひ出がたくして、うちすぐる程に、うせ給ひしかぱ、さてやみぬる事のみぞ多かる。よのつねの事共は、さてもやあるべき。おやおうぢの御事、詳ならざりし事こそくやしけれど、今はとふぺき人とてもなし。此事のくやしさに、我子共も、また、我ごとくの事ありなん事をしりぬ。

今はいとまある身となりぬ。心に思ひ出るをりをり、すぎにし事ども、そこはかとなく、しるしをきぬ。外ざまの人の見るぺきものにもあらねぱ、ことぱのつたなきをも、事のわづらはしきをも、えらぷぺしやは。それが中前代の御事におよびし事共は、いともかしこけれど、世によくしれる人もなきは、をのづから、伝ふる人のなからむも、わぴしからまし。我子うま子の後までも、これらの事ども見むものは、おやおうぢの、身を起せし事も、やすからず、おやにてありしものゝ前代の御めぐみをうけし事は、よのつねならざりし事をも、おもひしる事も、ありなむには、忠と孝との、道にもたがはざる事もありなましと、六十の老翁散位源、丙申の十月四日に筆を起しつ

(表記はやむなく一部変更してあります)


  
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