独言独歩
中村雄二(現文講師)のコラム

9.我は形骸に過ぎず、故に自ら処決し形骸を断ず

   形骸を断ずる所以を問う。遺書はいう、「脳梗塞の発作に遭いし以来の江藤淳は、形骸に過ぎず、自ら処決して形骸を断ずる所以なり。」

  人とは何か、とは問うまい。だが、人の形骸とは何か。

   いつか、静かに確かな言葉にすることができるだろうか。「我は形骸に過ぎず、故に自ら処決し形骸を断ず」と「形骸に過ぎず、故に処決し形骸を断ず」の懸隔の計り知れなさをである。その「計り知れなさ」に「人の形骸」を窺い知るしかなさそうではないか。

   遺書はいう、「乞う、諸君よ、これを諒とせられよ。」

  糟糠の妻が逝ってしまった喪失感を想い量れず、耐え難い病苦を抱えておらず、身体的にまだまだ一応の壮健を享受する私は、それを諒とする。江藤淳を悼む。


記 99年7月25日

「独言独歩」の目次頁に戻る / top pageに戻る

All Original Material and HTML Coding Copyright © DIGBOOK.COM:TOKYO. All Rights Reserved.

(許可なく複製・転載することを固く禁じます)