独言独歩
中村雄二(現文講師)のコラム

10.コガネグモとコソボ

   コガネグモの雄が雌に精子を渡す行為は、成否に関わらず命がけの業である、こうした事実を映像とナレーションで知らされる。雌の数分の一の大きさでしかない雄は、精子を渡すために雌の隙を狙い、字義通り《必死》の行為に及び、いずれ雌に補食されるか、雌が満腹であれば糸でくるまれ地面へとうち捨てられ、やがてその遺骸は蟻に拾われる。その後、雌は子供達のための揺籃を糸で織り、産卵を終え、揺籃を更に糸で覆い尽くすと冬を待たずに命を終える。(「生きもの地球紀行――長崎の棚田・糸を繰るハンター・コガネグモ」NHK総合、99年6月21日(月)放送)

   コガネグモのある一匹の雄はある一匹の雌に自らの精子を渡す行為を自分の延命より優先させる。これはある個体と別のある個体の関係という具体的事象であると同時に、コガネグモという種全体に遍在する事象・自然である。誰か意欲ある生物学者は、何かしらの遺伝子がそこに介在すると予測し、その遺伝子の存在を突き止めようとするか。

   同じ日、この番組が終わって程なく、殺戮と破壊の地、コソボの人々と風景の映像が届く。殺戮と破壊は、一つ一つの局面では必ずある個体が別のある個体に向けた具体的行為の結果でありながらも、総体としては数多の個体の絡み合った《系》の織りなす模様であるから、個体に関わる事象というよりむしろ、コガネグモの事例と同断に種に関わる事象であって、まずこの身にただ受け入れるだけの一般的事象・自然であるのか。あるいはこの身に受け入れもせず、それから身をかわす一事象なのか。あるいは殺戮と破壊を促す要因が人間の何処かに局在すると予測して、誰かその要因の在り処を突き止めようとするか。


記 99年8月1日

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