『雑想雑感』 (野島明) 

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「トーソーヘンカク」

   母語の場合でも、言葉を定かには聞き取れないという体験は稀なものではない。あるとき「フーテンのトラさん」の映画を見ていて、そのことを痛切に自覚的に体験した。ただし、そのとき言葉をはっきり聞き取れなかった原因は、第一にテレビの音量の不足(大音量でテレビを見るという習慣は私にはない)であり、次いで俳優の不明瞭な発声であったであろうが。

   「トーソーヘンカク」と聞いてこれが何のことなのかすぐに思い当たるのは、当該分野に詳しい人か、たまたまこの言葉に接する機会を持った人くらいであろう(注1)。この言葉に思い当たらない人はこれが「ト・ウ・ソ・ウ・ヘ・ン・カ・ク」という音の連なりであることにさえ自信をもてないはずである。

   言葉の聞き取りは、大抵の場合、既に見知っている言葉の「再構成」であるから、見知らぬ言葉を聞き取ることは容易ではない。

  

記 〇六年一月

(注1)
中国史に通じている人であれば「唐宋変革」という文字が瞬時に頭に浮かぶことになる。

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