『雑想雑感』 (野島明) 
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見えている世界、住む世界

   瞬間ときに向かって、「とどまれ、お前は実に美しい!(注1)」、と言わんばかりの物言いを耳にすることがある。例えば、

現代の日本人はすべてがデジタル化された社会で生きています。衣食住のすべてが満たされています。(『四国遍路を考える(7)遍路における右旋の理論』)(注2)
   すでに『四国遍路を考える(6)「死出の旅」から「再生の旅」へ』中で、同じような趣旨の物言いがなされるのを耳にしていた私は、そのうちどこかで、あれは少々舌足らずであった、言わんとしたのは……、日本にも住むところのない人人も、三度の食事にも事欠く人人も、少数ながらいらっしゃるとは思いますが……、という類の補足説明、弁明が用意されているのかと耳傾けていたが、類似の物言いが繰り返されることはあっても、三十分の番組中、格別の補足説明はなされることがなかった。

   一億三千万の日本人の内、一億二千九百万の日本人は衣食住のすべてが満たされているとしても、百万人の日本人が困窮しているかもしれないという可能性には、そうした可能性の現実性に、果たして真鍋俊照氏の思いは及ぶことがないのか、と訝ってもみる。「現代の日本人はすべてがデジタル化された社会で生きています。衣食住のすべてが満たされています」なる認識はこの世は平らであるという認識に等しいと気づいておらず、気づくこともないのであろうか、とも。

   氏に見えている日本社会は、氏の生きている日本社会は、私に見えている日本社会、私の生きている日本社会とは些か異なっていそうである。

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   小学一年生のときは、一年の半分くらいしか出席できないほど身体の弱い虚弱児童であった渡辺保氏は、健康増進を目的に、仕舞しまいを習わされたという(注3)。中学生の頃まで七年ほど習わされたという。

   仕舞を習うどころか、仕舞という言葉すら、私には別世界のものであった。仕舞なる能の分野も言葉も、私の頭の片隅にただ一瞬たりとも宿ることはなかった。思いを寄せる女の子と必ず上手く行くなどという薔薇色の恋愛生活を夢想することはあっても、老若を問わず女という女が私に思いを寄せ、付きまとって離れようとしないなどという事態を私はついぞ思い描くことはなかったようにである。

   幼い頃から祖母に連れられて歌舞伎座に通っていたという三島由紀夫やら、幼い頃に仕舞を習わされ、銀行員の父を持ち、名女優田村秋子は幼稚園から大学まで同じ学校に通う同級生の母親であった(注4)という渡辺保氏は、幼い頃、それぞれ学習院と慶応幼稚舎(注5)に通うという都会の中産階級に属する人たちである。仕舞という言葉と同じくらい私には縁遠い言葉《プチブル》の実例である彼等。

   彼等と私とでは、幼い頃、住む世界は恐ろしく違っていた。そして……。


記 二千十年五月

(注1)
高橋健二訳 『ファウスト』(1700)

(注2)
『四国遍路を考える(7)遍路における右旋の理論』(真鍋俊照、NHKラジオ第二、二千十年五月十六日放送)
『四国遍路を考える』のウエッブ頁によると、真鍋俊照氏は、1939年東京生まれ(71歳)、四国大学教授(美学、美術史学)、画家(仏画)、四国霊場第四番「大日寺」住職、とある。

(注3)
『昭和名人伝(第8回 梅若実)』(演劇評論家 渡辺保、NHKラジオ第二、二千十年五月十九日放送)
「仕舞」:能の略式演奏の一。謡だけで囃子はやしを伴わず、シテ一人が紋服・袴で能の一部を抜粋して舞うもの。(広辞苑第五版)

(注4)
『昭和名人伝(第5回 田村秋子)』(演劇評論家 渡辺保、NHKラジオ第二、二千十年四月二十八日放送)
田村秋子については、『雑想雑感 彼処までは至り得ぬ言葉』参照。

(注5)
『昭和名人伝』のウエッブ頁によると、渡辺保氏は慶応義塾大学経済学部卒業。


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