『破れかぶれ時事想論』 (野島明) 
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二千九年九月

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ないものねだり――英語力と冷静

   「実現できる範囲以上の約束」に相当する英文を「実現できない約束」という日本語に置き換えた場合、そこに用いられている比較表現を無視しているがゆえに、明白な誤訳であり、英語の試験では大幅な減点、もしくは零点を覚悟せねばなるまい。せめて、「実現できないほどの(実現できないかもしれない)約束」くらいに収めておいて欲しいところだが、《彼等》にその程度の英語力すら(或いは冷静を)求めたら、ないものねだりということになろう。

   「民主党は、できない約束をした」 海外専門家の見方 (注1)という見出しの記事を一読した私は、見出しをでっち上げたな、と思った。記事本文のどこにも「できない約束」という文言が見当たらなかったのである。しかし、さほど驚きはしなかった。

   記事を読み直し、「できない約束」に相当しそうな文言を含む箇所の見当をつけた。

ニューヨーク大スターン経営大学院・日米経営経済研究所のエドワード・リンカーン所長は民主党が実現できる範囲以上の約束をしたと指摘。「もし民主党が公約を十分に果たさず経済も低迷が続く場合、新政権の蜜月期は極めて短期間で終わる」との見方を示した(注1)。(太字は引用者)
   「実現できる範囲以上の約束をした」に該当すると思われる英文を含む記事は比較的容易に見つけることが出来た(注2)。「(民主党が)実現できる範囲以上の約束をした」に該当する英文は@“The DPJ has promised far more than it can possibly deliver,”、「もし民主党が公約を十分に果たさず経済も低迷が続く場合、新政権の蜜月期は極めて短期間で終わる」に該当するのはA“If they don’t do much on the things they promised and if the economy remains sluggish, then the honeymoon will be very short.”である。

   Aの箇所は概ね適切に紹介されている。@の箇所は逐語訳すれば「民主党は何とか実現できるより遥かに多くを約束した」となるが、“than”以下に“not”を補って読み(『現代英語力標準用例集』「比較:than以下に否定のニュアンスがある場合」参照)、「民主党はとても果たせないほどの約束をした」という日本語表現に置き換える方が適切であろう。「とても果たせないほどの約束」という日本語表現を「できない約束」と言い換えては不適切である。「実現できる範囲以上の約束」という日本語表現を「できない約束」と言い換えても勿論不適切である。

   記事本文の「(民主党が)実現できる範囲以上の約束をした」という文言から《彼等》は「民主党は、できない約束をした」 海外専門家の見方という見出しをでっち上げた。何が《彼等》を誤らせたのか。英語力が不足なことに加え、何より頭に血が上っていたのであろう。

   なぜ。

   「民主党圧勝が明らかになった」からであり、《彼等》の熱き思いは、「民主党さんの思うとおりにはさせないぜ」、「産経新聞が初めて下野」(注3)、だったからである。

   いまさら「『不偏不党』を社是とする(注4)」などという建前を持ち出すのは見苦しさの極みだ。産経新聞が不偏不党ではないことは満天下に知れ渡っている。日本国よりアメリカ合衆国命の新聞であると堂堂と表明するがいい。産経新聞は合衆国に対して自民党政権ほど従順ではなさそうな民主党政権を許容するなど断じて出来ないのである。

   それにしても《彼等》、自分の首を絞めていることを到底自覚できないのであろう。常に冷静を保てなくては戦争に勝つことは出来ない。大本営の凡庸は冷静や冷徹とは無縁であった。大本営の美辞麗句と《彼等》の偽辞零句(言葉遣いが誤っているために零点の解答のこと)。いい勝負だ。

   心すべし。常在戦場。

記 二千九年九月

(注1)
「民主党は、できない約束をした」 海外専門家の見方 (sankei.jp.msn.com, 2009.9.1 09:57)

(注2)
“The DPJ has promised far more than it can possibly deliver,” said Edward Lincoln, director of the Center for Japan-U.S. Business and Economic Studies at New York University’s Stern School of Business, who advised Walter Mondale, the former U.S. ambassador to Japan. “If they don’t do much on the things they promised and if the economy remains sluggish, then the honeymoon will be very short.”
(Japan’s unemployment may shorten ‘honeymoon’ for DPJ, english.alrroya.com, Monday, 31 August 2009 at 11:09, Bloomberg)

(注3)
   産経新聞社社会部が衆院選に合わせて短文を発信・表示するネット上のサービス「Twitter(ツイッター)」に開設した公式ページで、記者の書いた文章が批判を浴び謝罪文を掲載していたことが1日、分かった。
   同社によると、公示日の8月18日から投開票翌日の同31日まで選挙取材班のコメントなどを発信。民主党圧勝が明らかになった同30日深夜以降に「民主党さんの思うとおりにはさせないぜ」「産経新聞が初めて下野」などと表示した。
(産経新聞:ネットの社会部公式ページで民主党批判, mainichi.jp, 2009年9月2日)

(注4)
   同社広報部は「『不偏不党』を社是としており今後も方針に変わりはない。一部内容に誤解を招く表現があったので、社会部選挙班として説明と理解を求める趣旨の文を提示した」とコメントした。【真野森作】
(産経新聞:ネットの社会部公式ページで民主党批判, mainichi.jp, 2009年9月2日)


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