『TVドラマ寸評』 (野島明) 
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今更ながら、テレビドラマ制作関係者の方々への忠言


「せっかく」も「わざわざ」もなし

   実に、(無料)テレビ視聴者はわがままで厳しく酷薄である。そこには「せっかく」も「わざわざ」もない。「せっかく」出かけてきたのだから、「わざわざ」お金を払ったのだから、顎足付きで招待されたのだから、などという事態とは無縁である。

   テレビを見る、を唯一の生きがいとしているような視聴者でさえ、テレビチャンネルの数限りない昨今、昔ながらの放送局が野放図に垂れ流す番組をいやいやながら見るには及ばない。

   テレビ局ともスポンサーとも格別のしがらみのあるわけではない一視聴者は、ドラマを見始めたら必ず最後まで見る義理も必要もあろうはずなく、贔屓の俳優が出演しているのでもなければ、ただただ、面白い、面白くない、が視聴の基準である。初めの数頁を読んでつまらないと感ずればその書物は放り投げるのであるように、初めの数分を見て面白いと思えなければ、その番組を放棄するのである。

   こんな自明のことをどうやら、テレビドラマ(そして映画)制作関係者たちはご存じないらしい。あるいは善意に解釈すれば、分かってはいるのだが、厳しい視聴者の要求にこたえられるだけの力量がない、つまり、面白いドラマを作る能力がない、ということか。

   『浅見光彦シリーズ24 鯨の哭く海』(主演:中村俊介、フジテレビ系、、2006年10月13日(金)21時〜)は、初めの数分で退屈し、時折早送りしながら一応最後まで見、その出来のひどさを確認した。毎回見続けているシリーズものだから最後まで付き合っただけであって、それでも、その退屈さには閉口するほかはなかった。

   『天使の椅子』(主演:ミムラ、テレ朝系、、2006年10月22日(日)21時〜)は冒頭数分で視聴放棄。演出が露出してはいかんよ。取り分け、そのお粗末さが。

   『亡国のイージス』(主演:真田広之、テレ朝系、、2006年10月29日(日)21時〜)は一時間少し経過したところで視聴放棄。主演の真田広之が艦内に潜入し、「やぁやぁ我こそは……」と名乗りを上げたあたりで馬鹿らしくなって録画テープを巻き戻した。

   新作ドラマが視聴者に忍耐を要求できると思い做すなど、見当違いもはなはだしい。 読者に忍耐を要求できる小説がジョン・ル・カレの新作である(であった)ように、(必要とあらば)視聴者に忍耐を要求できそうなテレビドラマは、例えば『相棒』の「新シリーズ」である。実績が不可欠だ。

   どうせお前等視聴者は暇をもてあましてテレビでも見るしか時間の潰しようがないんだろうと言わんばかりの遣っ付け仕事は、いい加減止めてはいただけないものでしょうか。

(記 2006年8月)

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