折々のコラム(野島明)


この頁の末尾

9.11の暴力と《閉じた自足》 

    認識の宿主はいずれにせよ諸体験の集積点となる個人である。複数の個人から成る集合体に宿っているかに思える認識の枠組み[エピステーメー]の場合でさえ、これを維持し伝えるのはまず第一に個人である。それゆえ認識の在り方が自己中心的色彩を帯びることを免れるのは著しく困難であることを承知してはいても、それでも、自己の体験が唯一にして至上のものであり、自分が見たい(それゆえ自分に見える)事物と状況こそが《世界そのもの》であるといった在り方を露出させた認識と対峙するとき、私は殆ど言葉を失う。井の中の蛙が、己が浸る水溜りこそこの世の唯一の水溜りであると信じて疑いもせず、水溜りは他にもあるという声には耳をふたぎ続けるとすれば、そんな蛙にこの世には他にも数知れぬほどの水溜りがあることを得心させることは至難である(それが蛙なら放っておけばいい)。意志的なものであれ非意志的なものであれ、《閉じた自足》につける薬はない。

    九月十一日(注1)の暴力の苛烈と甚大は我が家にいながらにして目に見えるものであった。この暴力の中で四機の大型航空機が潰え、巨大な建物群が崩落した。この暴力(そして暴力の主)は、膨大な数の他者の生活を瞬時に途絶させ、途方もない値の財貨を消滅させた。それにより更なる財貨の喪失を仕組み、金輪際失われた生活の数を遥かに上回る数の生活を直接間接に揺るがし、時には突き崩す端緒となった(補注1)。暴力の直接の実行犯は自らの暴力の中でその生活を絶った。実行犯の背後に必ずや潜み、この大規模な暴力計画を立案し、その遂行に向けて精力を注ぎつづけた個人なり集団なりを特定するに足る情報(注2)は、例え存在するにせよ、いまだ明示されてもいない。ただ、そのような個人(一個人であれ複数の個人であれ、必ず個人である)は、自死を選んだ直接の実行犯には含まれていないと判断してよかろう(注3)。決行の困難さを容易に想像しうるこの独創的暴力計画の立案者の精神に宿っている破壊への意志は、今回の暴力で充たされようもないほどの飢えを抱えていると推測するのが妥当であろうからである。

    9.11の後、ある声が《暴力》を語る。

「二種類の《暴力》がある。よい《暴力》と悪い《暴力》である。我々が行っているのはよい《暴力》である。我々は彼らと彼らを支持するものたちを殺すことをやめない。」
"There are two types of terror, good and bad. What we are practising is good terror. We will not stop killing them and whoever supports them."
(Bin Laden: Yes, I did it By David Bamber, Electric Telegraph, Filed: 11/11/2001)
    9.11以前、別の声が《暴力》を語っていた。

アメリカ人にとって方程式は単純である。我々がイスラエル側に立てばたつほど、その分だけイスラエルは強力となり、その分だけ速やかにアラブ民族は拒絶主義を放棄しより建設的な企ての方を選ぶことになろう。
For Americans, the equation is simple: The more we stand by Israel, the stronger it is and the sooner the Arabs will abandon rejectionism in favor of more constructive ventures.
(Opinion: First, Accept Israel By DANIEL PIPES, Los Angeles Times.com, August 31 2001)
(注)rejectionism : 「ユダヤ人国家は破壊し、その住民は支配下におくか、追放するか、殺さねばならないという考え方」をこの一文の筆者は「拒絶主義」と呼んでいる。
(注)筆者はフィラデルフィアに本部のある中東フォーラムの座長[the director of the Philadelphia-based Middle East Forum](この時論の頁の最下段にある注による)
    暴力を語るいずれの口から漂ってくるのも似たような口臭である。

    それにしても9.11の暴力が特筆されるのはなぜか。次のような口吻からも似たような口臭が漂い出ている。

9月11日の事件を単にアメリカに対する戦いと見なすのは誤ちである。あれはアメリカの地における、欧米に対する戦争行為であった。(注4)
It is mistaken to view the events of 11 September solely as a war on America. It was an act of war in America, on the West.
(注)"in"と"on"の斜体は原文通り。

(Opinion: Against the war? So what would your alternative be? by Anne McElvoy, Independent Digital, 26 September 2001)
    "the West"とは何か。そこにある種のすり替えやら僭称を感じ取る知性が存在するとしても訝るには及ばない。
欧米という語と完全に置き換わり得るのは、古いものだが猛々しく再生した二通りの自称、即ち「文明世界」と「自由世界」である。(注5)
Thoroughly interchangeable with the West have been two old but robustly born again self- designations: "the civilised world" and "the free world."
(Opinion: West is as West does By Hani Shukrallah, Al-Ahram Weekly Online(Egypt), 4-10 October 2001, Issue No.554)
    「文明」と「自由」の名のもとに《暴力》が語られる。
これは世界の闘いです。文明の闘いです。進歩と多様性を、寛容と自由を信じる人たちすべての闘いです。(注6)
This is the world's fight, this is civilization's fight, this is the fight of all who believe in progress and pluralism, tolerance and freedom.
(President Bush's Address on Terrorism Before a Joint Meeting of Congress, The New York Times ON THE WEB, September 21, 2001)
    この声の主なら胸を張って次のように語りもすることであろう。
あいつらがおれたちに何をしでかしたか見てくれ。
('Look at What They Did to Us' By Jim Hoagland, , Washington Post.com, Friday, September 28, 2001; Page A39 )
    しかし、'Look at What They Did to Us'と叫びながらも、'Look at what they have been doing to us'という声が耳に入らないとしたら、その耳の主は死に至るほどの想像力の欠如を病んでいることになる。9.11の暴力以外にも、9.12の暴力、9.13の暴力……。
既に53年の間パレスチナ人は、過去に駆使された中でも最も悪質な類の憲兵隊の支配下にある。53年の間パレスチナ人は強制収容所で暮らすことを強いられ、汚れた水を飲むことを強いられ、愛するものたちを失うことを強いられ、自分たちの家を破壊され、自分たちの未来を打ち砕かれることを強いられており、神に与えられているあらゆる権利を、国際連合によって認められている権利さえも奪われている。
For 53 years now, Palestinians have been subjected to some of the most notorious military police ever used; for 53 years they were forced to live in concentration camps, to drink polluted water, to have their loved ones killed, their homes razed, their futures shattered, deprived of all God-given rights, even United Nations-given rights.
(Opinion: We feel your pain; do you feel ours? By RAMZY BAROUD(PALESTINIAN JOURNALIST), Seattle Post-Intelligencer.com, Wednesday, September 19, 2001)
 数多の生の酷薄な断絶をめぐる人々の叫びを聞くには耳は一つあれば足りる。無惨な死はこれ以上積み重なりようがないほど既に堆く積みあがっている(それでも見過ごされるかもしれない)。

 風景は永遠ではない。ニューヨーク市の風景が変わったように、日本のいたるところでも風景が変わった。

 10月1日のスポーツ新聞は、報知とデイリーを除いて一面は「高橋直子世界新」であった。私の利用している駅の売店では全紙が売り切れていた(一般紙はたっぷり残っていた)。地下鉄の乗換駅の売店で一部だけ残っていた報知を買い求めた。スポニチ・サンスポは10数部残っていた。行き先であった品川区のとあるコンビニでは、日刊・スポニチ・サンスポは相当部数残っていた。報知は売り切れ、デイリースポーツは二三部残っていた。デイリーを買った。帰途、地下鉄の駅の売店で東スポを買い求めた。スタンドに刺さっている状態で読み取れた真紅の大見出しの活字は「次はメジャー挑戦、長嶋ド」であった。

 記録だけのためにしつらえられたレースでの世界記録、一度でたくさんだ。風景は何も変わらない。

 ところで、私は非暴力主義者では断じてない。


2001年11月30日起稿、2001年末脱稿


(注1) 【New Terms & Usages】No.45 "September 11"参照。

(注2) Official document: Responsibility for the terrorist atrocities in the United States, 11 September 2001 ( Independent Digital, 04 October 2001) は唯一、誰にでも容易に入手可能な包括的情報である。第5項から第9項、第62項から第69項に提示されているラディンと9.11の関係はどうひいき目にみても状況証拠でしかない。

(注3) Bin Laden: Yes, I did it (By David Bamber, Electric Telegraph, Filed: 11/11/2001)

(注4) 語る主体が変われば洩れる口吻も異なる。

They all understood that this assault was more precisely targeted than an attack on "civilization." First and foremost, it was an attack on America.
彼らは皆、この強襲が「文明」に対する攻撃であるというより更に正確に狙いを絞ったものであることを理解した。何よりもまず、これはアメリカに対する攻撃であった。
(注) They : 直前の一節中に挙げられている"Retired Pakistani Air Commodore Sajad Haider -- a friend of the US," "Radical Egyptian-born cleric and US enemy Abu Hamza al-Masri," "Jimmy Nur Zamzamy, a devout Muslim and advertising executive in Indonesia"の三人を受けているのだが、「殆どのアラブ人やイスラム教徒[Most Arabs and Muslims]」という含みがある。
(注)first and foremost「何よりもまず」

('Why do they hate us?' By Peter Ford | Staff writer of The Christian Science Monitor, Christian Science Monitor.com, the September 27, 2001 edition)

(注5) "West is as West does" (By Hani Shukrallah)は、"Against the war? So what would your alternative be?"(by Anne McElvoy, Independent Digital, 26 September 2001) の批判から稿を起こしている。

(注6)次のように語られもする。

We wage a war to save civilization itself.
我々は文明そのものを救うために戦争をするのです。
(注)11月8日にアトランタで行われた演説。聴衆は招待された警察官、消防士、郵便局員、ブッシュ大統領支持者。 (Bush Seeks New Volunteer Force for Civil Defense By DAVID E. SANGER, The New York Times ON THE WEB, November 9, 2001)
(Text of President Bush's Speech, The New York Times ON THE WEB, November 8, 2001)

(補注1) Government estimates cost of attacks at about $36 billion (AP) (USA Today.com, 11/12/2002 - Updated 06:23 PM ET) 参照。

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