折々のコラム(野島明)


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気鬱を誘う例文
――『現代英語力標準用例集』編纂作業の過程で―― 

   用例収集と編集の作業に必然的に伴う種々のわずらわしさゆえではなく、作業の手が止まってしまうようなこともある。

Sometimes laughing through tears, Mr. Yates spent more than an hour lovingly describing each of his five children, whose snapshots were projected on a screen above the semicircle of small, white caskets.

涙ながらに時おり笑い声を上げ、イェーツ氏は一時間以上をかけて五人の子供たち一人一人のことを愛情込めて語った。子供たちのスナップ写真が半円形に並んだ五つの小さな白い棺の上方にある映写幕に映し出されていた。

(Father's eulogy for five kids wrenching By Lee Hancock/ The Dallas Morning News, Dallas Morning News.com, 06/28/2001)

   規矩正しく、描写力確かな文である。 私はこの文例に、以下のような注をつけておくことにする。

(注) Mr. Yates : 五人の子供たち[7-year-old Noah, 5-year-old John, 3-year-old Paul, 2-year old Luke, and 6-month-old Mary]の父親Russell Yates。NASAのJohnson Space Centerで働くコンピュータ技師[NASA computer engineer]。彼の妻Andrea Pia Yatesは五人の子供を一人ずつ溺死させたことを認めている。産後の気鬱[postpartum depression]の影響が考えられている。

   箸にも棒にもかからぬ類の文例、毒にも薬もならぬ例文、酒精のとんだ後の酒のような例文にもそれなりの便益があるのかもしれない。

が、私がこれから英語を学習する身であるとしたら、ここに挙げたような文例を辿りつつ、英語の知識を積み重ねていきたいと思う。

   言葉は今そこにある人間の営みである。これは例え、私がデカルトの MEDITATIONES の冒頭を読む場合でさえそうだ。

Animadverti jam ante aliquot annos quam multa, ......

   用例集編纂作業の手がひと時止まること、思いが一時英語学習から遥か離れたテキサスのどこかとある町をさまようこと、それがどうしたというのか。

記 2001年6月28日

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