(続)折々のコラム(野島明)
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"yes-country"からの脱却なるか

   合衆国による「日本の頭越し外交」やら"Japan passing"やらを気に病み、やれ、北朝鮮のテロ国家指定を解除するとはけしからん、などと息巻いてみせる四方山よもやまの政談屋、「アイコクヤ」、「ヒョウロンカ」連の《お仕事》ぶりについては、烏滸おこの沙汰、と評するほかはない。

   誰が"yes-country"にいちいち相談して上でことを決するというのか。 "yes-man"はよき友人たり得ず、よき同僚たり得ず、よき部下たり得さえせぬ如く、"yes-country"は、都合よき植民地たり得るやもしれず、都合よき被保護国、属国、果ては勝手に使える中身のたっぷり詰まった財布たり得るやもしれぬにせよ、よき友好国たり得ず、よき同盟国たり得ず、いちいちの政策をわざわざ説明し相談するに値する相手たり得ることもない。己の財布に成り代わりて思案する人は少なくなかろうが(注1)、人の財布に成り代わりて思案する人を見出すのはよほどな難儀である如く、「財布と相談する」ならばともかく、「財布に説明する」という物言いは探そうと見当たらぬのであれば、財布に説明する人を見出すのもよほどな難儀なのである。

   合衆国が如何なる外交を行おうと、日本は大人しく後からついて来ることが予め読めているのであれば、ことを決した上で日本の同意を確認し(同意を渋るようであれば強く同意を促し、即ち同意を強要ないし命令し)、政策への同意は応分の負担を引き受けることの同意であるのだから、同意した日本には、適当に見繕った有形無形の負担の付けを回せばいいだけのことである。

   太平洋戦争において他ならぬ合衆国に惨敗した日本の、取り分け自民党政権下の外交政策は、合衆国には常に"predictable"(予測可能)(注2)であった。合衆国は、日本は合衆国の政策を(追随的に)支持する、と予測して誤つことはなかった。

   まことは、誰にも予測可能であったと言うべきであろう。こと日本の動きになると、日本が頭を掻こうとすると拳を振り上げたと騒ぎ立てかねぬほどの妄想過敏症を病んでいる(或いは病んでいると思い込んでいる或いは振りをしている)がゆえに、韓国の日本評は恨みつらみに歪められたものであること度度であるが、その韓国でさえ自民党政権下の日本外交を次のように見透かしていた。

   日本は敗戦後半世紀が経っても、国際社会の主要懸案に対して独自的な声を出したことがほとんどない。日米同盟の枠組みの中で、米国が主導する流れに従っただけだ。1991年の湾岸戦争の時は、米国に130億ドルの戦費を支援しても、感謝の言葉も聞けなかった。
   北朝鮮核問題を話し合う6者協議でも、一時、核心議題とは無関係な日本人拉致被害者問題を取り上げ、他の参加国ににらまれるほどだった。(注3)
   斯かる在り方を《緊密な日米関係》と呼ぶ勢力が太平洋の両岸に昔も今もいる。ワシントン・ポスト紙社説中の"The LDP stood for close U.S.-Japan relations"(注4)を、私は、はて、如何な日本語に置き換えたものだろうか。

   候補一."LDP""close United States-Japan relations"の略称であった。

   候補二.自由民主党は窮屈な日米関係を耐え忍んだ。

   候補三.自由民主党は緊密な日米関係の維持に努めた。

  

記 〇九年九月

(注1)
   「あれおのが領ずるつちに成り代わりて思案す」と地主じしゅは言いたりき。含むところ多き、不断の用に立て得る言葉なり。まこと、己が地に成り代わりて思案するものあり、己がたなに成り代わりて思案するものあり、己が金槌に成り代わりて思案するものあり、己がからの金入れに成り代わりて思案するものありて、然る金入れ、満てさせられむとせちに望みおるなり。 (野島明訳, Joseph Joubert, Carnets II, p.579)

(注2)
   "The predictability of the past may be lost, and the DPJ may not be up to the task of governing. But, after a long road, an opportunity for real change in Japan has arrived." (An Insider's Revolution By Daniel Sneider, washingtonpost.com, Monday, August 31, 2009)

   この時論の筆者Daniel Sneiderについては稿の末尾で次のように紹介されている。

   "The writer, a former foreign correspondent for the Christian Science Monitor, is associate director for research at Stanford University's Shorenstein Asia-Pacific Research Center. "

(注3)
   [社説]「日本とは争わねば」盧大統領の豪語をあざ笑う日本の外交力 (東亜日報日本語版、http://japan.donga.com/, JULY 19, 2006 03:01)

(注4)
   The LDP stood for close U.S.-Japan relations, while Yukio Hatoyama, the inexperienced politician who leads the DPJ and will probably be Japan's next prime minister, has called for a more Asia-centered foreign policy, sometimes dressing this up with assaults on American "market fundamentalism" and other ills of globalization. (Editorial : Shake-Up in Japan    Two parties are better than one., washingtonpost.com, Tuesday, September 1, 2009 )

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