(続)折々のコラム(野島明)
「(続)折々のコラム」の目次頁に戻る

この頁の末尾

礼節離れたる老人 

――ところで、三期目もやるのかね、君?

――おまえ、その口の利き方は何だ。

――いまさら君に口の利き方についてあれこれ言われたくないなぁ。これまでさんざ無礼な口の利き方をされてきたんだ。一体どうして今さら君にていねいな言葉づかいをせねばならんのかね。

   君は日本語についても礼節についても全く無知なようだから少々講義してあげようか。本来なら、相当な金額の個人指導料金をもらわねばならぬところだが、君のお粗末極まる言葉づかいは青少年にも有害だし、私と同様、不快な思いをしている人の不快感解消に多少でも役立つかもしれないから、今さら無駄かもしれないとは思うが、世のため人のためだ、簡単に講義してやろう。

   君の回りに金魚の糞のようにつきまとっている新聞やらラジオやらテレビの記者だけが話しの相手である場合はまだしも、彼ら彼女たちは君の子分、あるいは腰ぎんちゃくというところだろうからね、君の発言がテレビやラジオで後々放送されるような場合は、君の子分に向かって話すときのような言葉遣いをしてはいかんのだよ。テレビ画面を目にする人たちの中には君より先輩の方々もたくさんいるし、それより何より、社会人はお互いに対等の関係にあるんだから。

   十六歳の鳶見習の少年も六十を越えた総理大臣も一市民であるという観点からは対等なんだよ。大企業の重役は二十歳のフリーターよりえらいわけでは断じてないし、従って、重役さんはフリーターの若者に対してぞんざいな言葉遣いをする権利があるわけではない。

   学校や会社や地域の先輩後輩といった関係にでもない限り、対等である市民同士の言葉づかいの基本は敬体、ですます体だ。こんなこと、礼節のいろはだ。

   君の言葉づかいは殆ど喧嘩を売っているに等しいんだよ。だから、こっちも少しばかり喧嘩を買わせてもらったんだがね。

――おまえ、誰に向かって口を利いていると思っているんだ。

――やっぱり無駄だったなようだな。ああ、阿呆らし。なぁ、知事さん。馬の耳に念仏、猫に小判、豚に真珠だったか。礼節知らずの老人の無惨は見るに耐えん。

*

   この老人は礼節と無縁であるのみならず、慎慮とも無縁なのではあるまいかと私は危惧している。これが隠居老人であればまだしも、現役の有力政治家となると、このあさましさは私と無関係の現実ではない (注1)

   人が老いを迎えるまで長らえてようやく享受することを許されるものがある。その一つ、「のこんの知恵」にかる以下の断章は、この老人と何と縁遠いものであることか。

のこんの烏滸おこのあるごと)残んの知恵のあるなり。年月としつきによりきよめられたるる残んのものなむ、けだし、人の知恵の内にて、我等の持てる上無くよきものにやあらむ。 (注2)
   無惨な若さもあれば無惨な老いもある。よわいを重ねればそんなことを否応なく思い知らされる。これも《憂き世》の定めの一つである。

記 〇五年八月某日

(注1)
以下は、 The clouds of nuclear war are still hanging over Hiroshima(By Anton La Guardia, Electric Telegraph, Filed: 03/08/2005)の最後の一節。
"he""the maverick Governor of Tokyo, Shintaro Ishihara, one of the country's most popular politicians"(ibid)である。
Asked if he feared that North Korean missiles might attack his city, he gave me a stunning reply. Pyongyang would not use nuclear bombs, he said, but might resort to chemical or biological weapons. "If they did such a thing it would wake up the Japanese and probably there would be a chance to rearm the country. From my point of view, that would be rather welcome."

北朝鮮が東京をミサイル攻撃するのではと懸念しているかどうか尋ねた私に、氏は衝撃的な答えを返した。ピョンヤンは核爆弾を使用せず、化学もしくは生物学兵器を用いるかもしれない、と氏は語った。「もし彼らがそんなことすれば、日本人を覚醒させることになろうし、恐らく、この国の再軍備の機会となろう。私の考えだが、そうしたことはどちらかといえば喜ばしいかもしれん。」

私はラッシュ・リンボー[Rush Limbaugh](この人物については機会を改めて述べる)ではないから、 "rather welcome!!!???"などと揚げ足は取らない。また、この記事が「氏」の発言をどの程度正確に伝えているか、性急な判断は控える。礼節とも、さらにはどうやら慎慮とも無縁であるらしいこの老人なら、口走るかも知れんな、こんな世迷い言を、と思いはするが。

(注2)
野島明訳, Joseph Joubert, Carnets II, p.396

この頁の先頭

「折々のコラム」の目次頁に戻る  /   「(続)折々のコラム」の目次頁に戻る     

表紙頁に戻る

© Copyright Nojima Akira
(許可なく複製・転載することを固く禁じます)