(続)折々のコラム(野島明)
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"a dead-end job"の現場(注1) 

   『この星にようこそ(注2)中の次のような断章を想起していた。

今生きるためにある限りを食い尽くす。ヒトのことを言っているのではない。エゾシカのことを言っているのだ。
   キヤノンのデジタルカメラ工場での「偽装請負」労働が「作業は単純で楽だけど、先がない。ずっと同じ仕事を同じ給料で続けるだけ。キャリアを積んだら上の仕事、ということもない」にとどまらず、「低い賃金、短く不安定な雇用……」(注3)であるとしたら、これは紛れもなく"a dead-end job"である。

   ある限りを食い尽くす前のエゾシカは一時的にその棲息個体数[population]を増すことがあるかもしれない。しかし、ヒトの場合それも適わない。「貧乏人の子沢山」は今は昔、「年をとってもこんな働き方を続けられるだろうか」(注3)と自問する「20〜30代半ば」(注4)の労働者たちには「結婚や子供なんて考えられない」(注3)のであり、その棲息個体数[population]は減少過程を辿るほかないのである。

「仕事に不満があっても実際に声を上げることはほとんどない」と請負会社の元幹部。

別の請負会社幹部も皮肉を込めて語った。 「最近の若者は、実力主義を『時給が100円高くなる工場へ移ること』と、はき違えていたりする。一生こんな賃金で使われ続ける彼らの将来は大丈夫かねえ。我々にとってはありがたい存在だけど……」(注3)

   その「彼ら」には《彼ら》もまた含まれる「彼らの将来」など、ついに《彼ら》には思い至ることないのであろう。《彼ら》、即ち、今生きるためにある限りを、序に将来をも食い尽くすエゾシカと競い合うかのように、今生きるためにある限りを食い尽くして、即ち、嬉々として労働力を「使い捨て」(注4)ている「請負会社幹部」や「偽装請負労働者利用企業(注5)の経営者ら」のことである。

   「彼ら」と《彼ら》をひっくるめて、「彼らの将来は大丈夫」ではない。一群の労働者の「使い捨て」は、その労働者群を現在の消費社会を支えるに足る消費者層から排除しているのみならず、将来の消費者層どころか将来の「偽装請負労働者層」さえをも先行的に蕩尽している。

*

   「安倍晋三官房長官は31日午前、首相官邸で日本経団連の御手洗冨士夫会長らと会談」(注6)

安倍氏は「働き方にかかわらず、働く人たちに意欲と自信を持てるようにしてほしい」と述べ、フリーターを対象とした中途採用の拡大や、パート労働者への社会保険の適用拡大など正社員との均等処遇の推進、出産後の女性の就職機会の拡大などを要請した。(注7)
   御手洗冨士夫会長の反応。
御手洗会長は会談後、記者団に「誰でもチャレンジできることは、希望を持てる国の基本だ。今後、再チャレンジについて日本経団連の意見をまとめていきたい」と述べた。(注7)

   安倍氏は政府の再チャレンジ推進会議が提案した(1)パート労働者への厚生年金の適用拡大(2)中途採用の拡大――などを説明したが、御手洗氏は具体策への対応には触れなかった。(注8)

   ところで、「偽装請負」と呼ばれる労働形態は「違法」(注9)であるそうであり、御手洗会長とは「キヤノン株式会社代表取締役社長」(注10)であるらしい。

   そうそう、キヤノン株式会社と言えば、

大分市郊外にあるキヤノンの子会社「大分キヤノン」の大工場。作業台に沿って、若い男女が立ち並ぶ。視線は手先に集中し、黙々と人気商品のデジタルカメラを組み立てる。多くは、請負会社から送り込まれた。県内のもう一つの工場と合わせると約4000人で、正社員の3倍以上の人数だ。

大分キヤノンは昨夏、偽装請負があったとして大分労働局から改善指導を受けた。だが1年たった今も、違法状態は完全には解消できていない。

キヤノンは子会社だけでなく、宇都宮市の本体工場も昨秋に指導を受けた。(注11)


記 〇六年七月三十一日(月)

(注1)
"dead-end background "(『(続)折々のコラム』)参照。

(注2)
〇六年七月三十一日(月)現在、未公開。公開に向けて鋭意作業中。

(注3)
生活費数万円、突然の解雇予告 偽装請負のメーカー工場(asahi.com、2006年07月31日07時27分)。

私は、asahi.comのこの記事に書かれていることはすべて事実であると信じて疑わないほど無邪気ではないが、この記事は関連記事(労働者派遣法などに抵触偽装請負とは?(asahi.com、2006年07月31日06時12分)、「偽装請負」労働が製造業で横行 実質派遣、簡単にクビ(asahi.com、2006年07月31日06時07分))と合わせて底辺労働の現場の過酷な実態の一面を伝えるものであるという判断をしている。

(注4)
「偽装請負の現場で働く労働者は不利な立場にある。担い手は20〜30代半ば。ボーナスや昇給はほとんどなく、給料は正社員の半分以下だ。社会保険の加入さえ徹底されず、契約が打ち切られれば、すぐさま失業の危機にさらされる。」(「偽装請負」労働が製造業で横行 実質派遣、簡単にクビ、asahi.com、2006年07月31日06時07分)

(注4)
「「労働力の使い捨て」ともいえる実態がものづくりの現場に大規模に定着した。」(「偽装請負」労働が製造業で横行 実質派遣、簡単にクビ、asahi.com、2006年07月31日06時07分)

「労働力の使い捨て」の定着は「サービス業」ではさらに大規模である。

(注5)

これまで偽装の実態が知られなかったのは、労働局が指導先の企業名を公表してこなかったからだ。朝日新聞が独自に調べたところ、この2、3年の違反例だけでも、日本を代表するメーカーが次々と見つかった。

キヤノンは子会社だけでなく、宇都宮市の本体工場も昨秋に指導を受けた。このほか、ニコン、松下電器産業の子会社「松下プラズマディスプレイ」や東芝系の情報システム会社「ITサービス」、富士重工業やトヨタ自動車グループの部品会社「光洋シーリングテクノ」と「トヨタ車体精工」、いすゞ自動車系の「自動車部品工業」、今治造船、コマツの子会社「コマツゼノア」で偽装請負があった。(同上)

(注6)
安倍官房長官、経団連会長に「再チャレンジ」支援への協力要請(sankei.co.jp、07/31 10:15)
安倍氏、経団連に再挑戦支援で協力要請(nikkei.co.jp、10:07)

(注7)
安倍官房長官、経団連会長に「再チャレンジ」支援への協力要請(sankei.co.jp、07/31 10:15)

(注8)
安倍氏、経団連に再挑戦支援で協力要請(nikkei.co.jp、10:07)

(注9)

大手製造業の工場で「偽装請負」と呼ばれる違法な労働形態が広がっている。この3年で労働局から違法と認定された企業の中には、キヤノン、日立製作所など日本を代表する企業の名もある。メーカーにとっては、外部から受け入れた労働者を低賃金で、安全責任もあいまいなまま使えるうえ、要らなくなったら簡単にクビを切れる好都合な仕組みだ。「労働力の使い捨て」ともいえる実態がものづくりの現場に大規模に定着した。(「偽装請負」労働が製造業で横行 実質派遣、簡単にクビ、asahi.com、2006年07月31日06時07分)
<偽装請負とは?> メーカーなどの企業が、人材会社から事実上、労働者の派遣を受けているのに、形式的に「請負」と偽って、労働者の使用に伴うさまざまな責任を免れようとする行為。職業安定法や労働者派遣法に抵触する。職業安定法には懲役刑もあるが、適用されたことはほとんどない。」(労働者派遣法などに抵触 偽装請負とは?、asahi.com、2006年07月31日06時12分)
(注10)
知的財産戦略本部本部員
御手洗 冨士夫
キヤノン株式会社代表取締役社長
(http://www.kantei.go.jp/jp/m-magazine/backnumber/2003/mitarai.html)

(注11)
「偽装請負」労働が製造業で横行 実質派遣、簡単にクビ(asahi.com、2006年07月31日06時07分)

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