(続)折々のコラム(野島明)
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「ご契約者の皆様へ」 

   かような表題の書面(注1)の同封された封書が届いた。六月初旬のことである。送り主は「株式会社 損害保険ジャパン」、私が十数年来加入している掛け金も微々たる掛け捨て保険を取り扱う保険会社の現在の社名である。

   この書面を一読したときすでに気障りに感じてはいたものの、私には喫緊の問題でもなし、打ち捨てておいたことが昨日ふと思い出され、同時に意地悪心が鎌首を擡げた。別紙に案内のある「お客様専用デスク」0120656----に電話してみた。

私:「ご契約者の皆様へ」という文書のことなんですが……。

相手:「コンプライアンス」のことでしょうか?

   打てば響く対応で、こちらから話しを切り出すまでもなかった。
私:そう、そのコンプラ何とかなんですがねぇ……。何度も出てきますよね。ナンなんですか?

相手:二回用いられています。「法令遵守」ということなんです。

   間髪を容れずコンプラ何とかの使用頻度とそれに対応する日本語表現が告げられた。先方の準備は万端であった。
私:それならそう書けばいいでしょうに。

相手:まことにごもっともでお叱りをいただいております。

   さらに二言三言言葉を交わした後、電話を切った。深追いしようとは思わなかった。「お客様専用デスク」の電話に出た女性は損害保険ジャパンの社員であるはずなく、どこかにある「コールセンター」で働く時給千数百円の臨時雇いであり、「コールセンター」はことによれば中国の大連あたりに置かれたりもする昨今である。時給千五百円前後という比較的恵まれた時給で働いているかもしれないとは言え、いずれ臨時雇いである彼女をねちねちいたぶろうと思うほどの意地悪でない私だ(果たして私は甘ちょろいのやら恬淡たる性質であるのやら)。
全社を挙げて内部統制のより一層の強化とコンプライアンスの徹底に取り組み、……

「あらゆる事業展開の大前提はコンプライアンスである」ということを改めて強く肝に銘じ……(注1)

   などという大仰であるが空疎かつ幼稚な言葉遣いに瞞着を感じ取り憤りを覚えている人の少なくないことが分かっただけで電話は無駄ではなかった。損害保険ジャパンの広報担当者らが練りに練った挙句の文面を、同社幹部らは鳩首凝議の末、コンプラ何とかというご大層なカタカナ文字を二回もちりばめてあるのだから重大な違法行為を犯したことの一応の謝罪と反省を装うにはこの程度の粉飾で用が足りるはずと高を括って了承したのであろうが、関係者一同の言語能力と判断力のお粗末さ加減、さらには羞恥心の歪み具合につける薬はない。

   羞恥心の歪み。

   小っ恥ずかしくってできるわけねぇだろ、今後私たちは法律をきちんと守ります、てな風に誓うなんぞ。小学生の反省文じゃねぇんだ。

   さりとて、保険金の不払い(という違法行為)、生命保険の募集に係る違法行為を犯した以上、簡潔明快に、「これからは法律を守ります」てな風に誓うしかあるまいに。確かに小っ恥ずかしいことではあろうが、私たち大人は決まりごとに背いた小学生にさえ、反省を求め、これからは決まりごとを守ると誓わせるのである。

   私たち大人は小学生とは違うのだから、率直な反省も決まりごとを守るという誓いも不要だってか?

   仮に、である。さような反省も誓いも恥ずべきこと可能な限り避けるべきことと思い做しているのであれば、この会社の頭から尻尾まで、自分の子供が法を犯しでもしたら、「コンプライアンスの徹底に取り組め」てな風に小言を繰り出すしかあるまいし、法を犯した子供が反省文に「全力を尽くして内部統制のより一層の強化とコンプライアンスの徹底に取り組みます」とか書いたら「上手いこと書けてる」とでも褒めてやるしかあるまい。

甲:ところであなたがた、今後は法律を守って仕事をするんでしょうね。

乙:はい、コンプライアンスの徹底に取り組みます。

甲:法律を守りますか?

乙:はい、全社を挙げて内部統制のより一層の強化に取り組みます。

甲:法律を守るかと聞いてるんです。

乙:あらゆる事業展開の大前提はコンプライアンスである。

甲:法律を守るんですか、守らないんですか?

乙:はい、Spirit of fairness(注1)に基づいてコンプラムニャムニャモゴモゴモゴ……。

   例えば当たっても実は賞金をもらえないような宝くじを売れば詐欺なんですよ、損害保険ジャパンの皆さん、三井住友海上火災保険(注2)の皆さん、その他の保険会社(注3)の皆さん。それに、法律なんかどうってことねぇ、儲かりゃいいんだ、じゃ世の裏街道を歩く人たちの言い草になってしまいますって。

   でも、皆さんひょっとして、こっそり裏街道を歩かせたり歩かさせられたり歩かせあったり、時には率先して時には一味同心して歩いてたり……。

   かつて私は、他国の一部の若者たちと同じように(注4)、大企業や政府は悪さもし隠し事もしていると信じていた(「中小企業」や大中小の地方自治体とて例外であろうはずないのに、「大企業」と「中央政府組織」を槍玉に挙げることが常であった。これらはいわば「悪さの枢軸」であった)。確たる証拠を握っているわけではなかったが、故なしにそう思い込んでいたわけでもなかった。

   しかし、他国の一部の若者たちとは異なり、兜町と公正を結び付けようなどとは思いもしなかった。兜町はせいぜい相場師の群れ集うところであり、競馬新聞を読むのが馬券を買う人たちであるように、日本経済新聞を読むのは相場師連中であると思っていた。出し抜くか出し抜かれるかの相場の世界に公正を求めるなどお門違いも甚だしいくらいのこと、いまだ尻青い若造の私でさえ弁えていた。

   沖縄返還に当たっては種々の密約が結ばれている(注5)と信じていたし、核抜き返還など到底ありえないことと判断していた。日本の港に寄航する合衆国軍船は一切核兵器を搭載してないなどという戯言もテンから信じていなかった(今もって信じていない)。従って、日本政府が、沖縄の米軍基地には核兵器が貯蔵されていることを百も承知の上で「核抜き」と謳い上げ、横須賀を母港とする合衆国空母や日本各地に寄航する合衆国原潜(注6)は当然のごとく核兵器を搭載しているという現実には目を瞑って非核三原則の教条を掲げ続けるなどというのは、知る人も少ない陰謀であるどころかみんな知ってて知らぬ振りの謀(即ち「陽謀」(注7))なのであった。

   いつの頃からか、時々刻々思い知らされていることがある。中央政府諸官庁及びその外郭団体、各種地方自治体及びその外郭団体、大中小の企業等々と不正行為の関係は偶発的というよりどうやら制度的(注8)であると疑わねばならないということである。

   例えば、その欠陥隠しや不正行為が、「疑い」の発覚を端緒とし(注9)、その後いつ果てるともなく露見し続けた(注10)三菱自動車工業集団の場合、欠陥隠しや他の不正行為に携わったのは経営幹部だけであろうはずもない(注11)。末端の営業所や整備工場の職員、生産現場の職員、本社支社の平社員に役職者から最上層の経営幹部にいたるまで、《秘密》を知る関係者の中から一人たりとも裏切り者(即ち内部通報者)を出すことなく関係者一丸となって共謀したからこそ、長期に渡る欠陥隠しが成立したのである。

   三菱自動車が新型車「コルト」を売り出したときの宣伝文句が忘れられない。「まじめ、まじめ」とかいうものであったが、私の直感は(ちと鋭すぎたような気がしないでもないが)拭いがたい胡散臭さを感知していた。自分が真面目であるかどうかは自分で声高に喧伝するものではないという常識的な慎みすら欠いた集団であればこその宣伝文句と聞いた(日本放送協会の「自己宣伝」を想起する向きもあるかもしれない。その連想は的外れではない)。自己紹介欄に「私は真面目です」と書いてある履歴書を想像してみよ。

   さて、組織的に長期間悪質な不正行為を犯してきたこの企業組織のその後、即ち現在のことだが、組織は衰微やら消滅という憂き目に会うどころか業績は次第に回復し、早くも黒字転換するに至っている(注12)。三菱グループという頼もしい後ろ盾がある限り(注13)何があろうと(何をしでかそうと)自分たちは安泰なのだとこの組織の成員は思い做し、いかんぞや心穏やかなことであろうし、この組織さらには三菱グループに属する自余の企業組織の成員は自分が身を寄せる組織への忠誠心を改めて奮い立たせたことでもあろう。ご同慶の至りである。果たしてこの組織(はたまたあの組織、とりあえず「株式会社 損害保険ジャパン」のこと)、組織的に改心し、二度と同じような不正行為を繰り返すことはないであろうか。

   かくして私には、折に触れて耳にする類の弁明あるいは擁護の声「大部分の職員(社員)は真面目に仕事をしているんです」は、往々「中には真面目に仕事をしている職員(社員)もいるかもしれない」の方が適切であろうと思われてしまう。それとも「真面目に仕事をしている」とは「組織に忠誠を尽くしている」の謂いであろうか。《宿業》いかにも深い私である。

   かつて私はギターを抱えて幾百回"The times they are a-changin'."とがなりたてたかしれやしない。が、 「時代は相変わらず[The times they ain't a-changin'.](注14)であるにとどまらず、闇の黒々しさはなお濃い。


記 〇六年六月

(注1)
ご契約者の皆様へ

   拝啓 平素は格別のご高配を賜り、厚くお礼申し上げます。

このたび弊社では、保険金のお支払い漏れ、生命保険の募集に係る不適切な取り扱いがあった こと等について、平成18年5月25日付で金融庁より業務の一部停止、および業務改善命令を受 けました。

   ご契約者の皆様には多大なご迷惑とご心配をおかけいたしましたことを衷心よりお詫び申し上 げます。

   弊社といたしましては、今回の行政処分を厳粛に受け止め、二度とこのような事態を起こさぬよ う再発防止に向けて経営陣を刷新したうえで、全社を挙げて内部統制のより一層の強化とコン プライアンスの徹底に取り組み、皆様からのご信用・ご信頼を回復できるよう努めてまいります。

   また、弊社全役職員は皆様からのご批判、ご叱責を真摯に受け止め、「あらゆる事業展開の 大前提はコンプライアンスである」ということを改めて強く肝に銘じ、弊社が掲げる行動指針で あります「Spirit of fairness」(私たちは、高い倫理観と合理的な判断に基づき、公正、かつ誠 実に行動します)に基づいて行動してまいります。そじて、皆様から再びご信頼いただけるよう、 全力を挙げて努力してまいります。

   何卒、ご理解を賜りたく伏してお願い申し上げます。

   ご契約者の皆様に、多大なご迷惑とご心配をおかけいたしましたことを、改めて深くお詫び申し 上げます。

敬具
平成18年6月
株式会社 損害保険ジャパン
取締役社長 佐藤正敏

(注2)
三井住友海上に業務停止命令へ 新たな不払い発覚(asahi.com、2006年06月19日19時30分)

三井住友海上、一部業務停止へ 過去3年で19億超の不払い (sankei.co.jp、06/20 01:42)

(注3)
「損保業界の不払いは、過去3年間に26社合わせて約18万件(約84億円)に上る。金融庁は昨年11月、三井住友海上を含む26社に業務改善命令を出し、各社が今年1月に業務改善計画を提出した。」 (三井住友海上に業務停止命令へ 新たな不払い発覚、asahi.com、2006年06月19日19時30分)

(注4)
モーリン・ダウドはなかなか出来のいい論考の中で、1960年代を回想する友人の言葉を引用している。

「かつて私たちは右派の陰謀が存在すると確信していた。市民的自由と言論の自由は危機にさらされていると思っていた。金持ち連中に疑心を抱いていた。企業による違法行為は存在すると、ウォールストリートは邪悪であると信じていたが相応の理由があってのことだった。」 "We were certain there was a right-wing conspiracy. We thought civil liberties and free speech were imperiled. We were suspicious of rich people. We had reason to believe there was corporate malfeasance and Wall Street was bad."(The Age of Acquiescence By MAUREEN DOWD, The New York Times ON THE WEB, June 26, 2002))

この時論が掲載された時点ではすでに、エンロン社経営陣による大規模企業犯罪は発覚している。『現代英語力標準用例集』 「固有名詞」"Enron" 参照。

(注5)
「71年に調印された沖縄返還協定をめぐり、当時、対米交渉にあたった吉野文六・元外務省アメリカ局長(87)は9日、米国が負担すべき土地の原状回復費用を日本側が秘密裏に肩代わりしていたことを明らかにした。朝日新聞の取材に答えた。沖縄返還をめぐっては、日米両政府の間に密約があると指摘されてきたが、政府は一貫して否定してきた。政府関係者が密約の存在を事実上、認めたのは初めて。」
沖縄返還「密約」認める 元外務省局長、日本が補償負担、asahi.com、2006年02月09日22時30)

(注6)
「米海軍の原子力潜水艦が寄港する国内の3基地のうち、佐世保基地(長崎県)とホワイトビーチ(沖縄県)への寄港が増え、最大の寄港先だった横須賀基地(神奈川県)とほぼ並んだことがわかった。00〜05年の平均回数は、東西冷戦末期の80年代に比べ、佐世保で約6倍、ホワイトビーチで5倍弱に増えていた。」(米原潜の寄航増加 佐世保6倍 沖縄5倍、asahi.com、2006年06月26日06時17分)

(注7)
よく知られているのは「毛沢東の陽謀」という用例である。
「被劉少奇「鎮壓」過一陣的我輩小人物,要是早出世九年,必是毛澤東的「陽謀」的犧牲品,清河、興凱湖、夾邊溝的勞改犯、餓死鬼。」(《陽謀》尾聲、作者:丁抒)(http://www.epochtimes.com/b5/5/7/10/n981411.htm)

(注8)
"The fix is now institutionalized," Mr. Nader says. (MAUREEN DOWD, ibid)
"Mr. Nader"とはかのラルフ・ネーダー[Ralph Nader]。

(注9)
「三菱自動車工業(東京)が、乗用車のユーザーから寄せられた苦情の報告書類の一部を運輸省の定期検査時に提出せず隠していた疑いが強まったとして、運輸省は十八日までに同社を立ち入り検査した。」(ユーザーの苦情三菱自工隠す?佐賀新聞、掲載日2000年07月19日 <共> )

(注10)
「三菱ふそうトラック・バスの子会社が、トラックの最大積載量を水増しするため、小型の燃料タンクを搭載して車両重量を軽くし、新車登録した後にタンクを大型化する手口で、組織的に車検を不正取得していたことが19日、国土交通省の調べでわかった。 車検を不正取得して販売されたトラックは、昨年までの3年間だけでも2000台を超す。国交省は、車検制度を形骸(けいがい)化させる悪質な行為として、同社に業務改善を命じるとともに、道路運送車両法違反容疑(不正車検)で警察当局に刑事告発する方針だ。」(三菱ふそう子会社、トラック2千台超で不正車検、yomiuri.co.jp、2005年12月20日3時6分 読売新聞)

(注11)
「三菱自動車工業(東京)のクレーム隠し事件で、警視庁交通捜査課は一日、道路運送車両法違反(虚偽報告)容疑で、同社の本山彦一元副社長(64)と遠山智元副社長(62)、クレーム処理を担当していた品質保証部長経験者ら計九人と、同社を書類送検した。

リコール(無料の回収・修理)制度発足以来、クレーム隠しが刑事事件に発展したのは初めて。リコールで巨額経費がかかることを恐れて一九七七年ごろから隠ぺい工作を続けていた。また、品質保証部内では「隠ぺいはやめよう」と見直しの意見がたびたび出されたが、製造部門や営業部門からの抵抗があり、隠ぺい工作の継続を決めていたことも新たに判明。

元副社長らは「組織的に長年隠してきたので発覚すると大騒ぎになると思った。社内的圧力もあり公表が難しかった」と供述しているという。」(三菱自元副社長ら書類送検佐賀新聞、掲載日2001年02月02日 <共> )

(注12)
「三菱自動車の2006年3月期連結決算で、本業のもうけを示す営業利益が3期ぶりに黒字に転換することが26日、明らかになった。

 当初は140億円の赤字を見込んでいたが、国内販売の回復やリストラ効果で、数十億円の黒字になったとみられる。再生計画で掲げた営業利益の黒字化目標を1年前倒しで達成する。」 (三菱自、黒字転換へ…販売回復やリストラで、yomiuri.co.jp、2006年4月27日3時12分 読売新聞)

(注13)
「2005年1月28日 - 新経営計画「三菱自動車再生計画」を発表。三菱グループの三菱重工業、三菱商事、東京三菱銀行に増資などの追加支援を要請。これによって三菱重工の出資比率が15%を超えるために持分法適用による連結対象会社となり、同社の傘下で再建を目指すこととなった。」(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)

(注14)
MAUREEN DOWD, ibid

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