予備校講師の閑談
英語講師・横井順

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自戒

  くれぐれも自戒しなくてはと思う。
  『天声人語』(99年6月8日)は、エリザベス女王のクリスマスメッセージの中の一文、 "The young can sometimes be wiser than us."をめぐってちょっとした英語騒動が起こったことを取り上げ、続ける。

  ▼thanは主格代名詞が後に来る接続詞なのか、それとも目的格代名詞がつく前置詞なのか。つまりは、そういう文法論争らしい。(太字強調は引用者)

  「そういう文法論争」ではない。この文のthanが接続詞であることは単純明瞭で、そうであればこその騒動である。

  陳腐な言葉というのはある。《陳腐な思考》も実はある。《陳腐な思考》の淵源の一つが、単純明瞭な事実の等閑視にあることを改めて思い知らされる。

  『天声人語』は続く。

  「初めに文法ありき。それで連想するのは、日本人一般の英語の力だ。文法重視の傾向が強いせいか、話す力もすこぶる貧弱」(太字強調は引用者)

  「話す力が貧弱である」ことの具体例は、我が国の政治の最高責任者の話す言葉と話し方に如実に見て取れるが、これは現内閣総理大臣が《国文法》を重視した国語教育を受けてきたからではない。一般的に、外国語の能力向上の限界は、母国語の能力水準のかなり手前である。

  《陳腐な思考》には加速度もつく。続く最後の一文。

  ▼例えば英語検定試験の一つTOEFLの成績も下がりっ放し。最近はとうとう朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)と並び、アジア諸国で最下位組になってしまった。英女王の柔軟さを見習う方がいいかも知れない。

  TOEFLにspeakingの分野は含まれていないことはさておき、日本でのTOEFLの大衆化は、受験できる会場の増大を確認すれば明白に察知できる。(国際教育交換協議会日本代表部参照)かつてはTOEFLを受験しようと思い立っても昨今とは大違いで資料は全く手に入らず、(関東地方の場合)受験するためにはわざわざ東京都心の「虎ノ門」まで赴かねばならない時代もあった。朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)ではTOEFLの大衆化が日本ほど進んでいないことは受験者数から容易に想像がつく。(下記の(注)参照)冷静に考えれば、日本人のTOEFLの平均点がすこぶる低いことは少しも嘆くには及ばない。TOEFLの大衆化の結果と考え、実践的英語への関心の増大をむしろ喜んでもいい。予備校(及び大学)の間口が拡がったことの必然的帰結として、予備校生(大学生)の平均的学力が如実に落ちている現実を喜ばしくは思わないが、詮ないことと承知しており嘆きはしない。講師仲間で愚痴をこぼし合いはする。言挙げはしない。

  また、英女王は柔軟さを発揮したのではなく、やりすぎてしまったことは天声人語子が専門家の発言として引用しているとおりだ。(「女王のことば遣いは、よくいえばくだけている。しかし、要するに間違いだ。」)外国語を話す際には間違いを怖れるには及ばない。しかし、間違いは少なくありたいという向上心を失いたくない。本来の形があってこそ崩れた形もあるのだし、本来の形を承知していればこそ崩れた形を味わえる。

  受験や(受験)勉強をめぐって《陳腐な言葉》、《陳腐な思考》が瀰漫している。

(注)TOEFL受験者の広場から米国の公式ページを当たると、ダウンロードライブラリーにTOEFLの国別平均点の資料があった。1997年7月から1998年6月期の資料(現時点では最新のもの)によると、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の受験者は千六百十一名、平均得点は498点。日本の受験者は十四万六千四百三十九名、平均得点は498点。奇しくも同点で、アジア地域ではこの二カ国だけが400点台である。


記 99年6月25日
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