予備校講師の閑談
英語講師・横井順

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表立って誰も言おうとしないことの一つ
―セ・パ両リーグの野球力の差―

 声に出して一度は言わなくては現状打破がかなわないにもかかわらず、当事者たちが口を噤む他はない(と勝手に思いなしている)ことが一つならずある。今年の日本シリーズを見て(本来なら、見る前から)、スワローズとバッファローズ両チームの間には、埋めきれない実力差があることを見て取れないとしたら、野球を見てなどいないに等しい(その実力差を見てみぬ振りをするのは別の話しではあろうが)。

 シーズンを通してのチーム状態が投打ともに平均的に他チームを上回ったチームがリーグを制することになる。スワローズの投手力はジャイアンツを遥かに凌いでいた(ジャイアンツの投手陣は我が眼を疑うほどお粗末だった)。打力に関してはバッファローズを凌ぐと判断していい(パリーグは指名打者制を採用していることを忘れるわけにはいかない)ジャイアンツをもってしても、最終的にスワローズのセリーグ制覇を阻むには至らなかった。対スワローズの戦いでは勝ち越したにもかかわらず、である。

 バッファローズは力が発揮できなかった、らしさが出なかった―凡庸な野球評論家たちが、凡庸さからどうでも口説を引き出す必要に迫られているテレビ・ラジオ局の司会者たちが斉唱する。野球に限らず、負ける側が力を発揮できないのはいかなる場合か。答えは明白、対手の力量が優っている場合だ。

シーズンの力をまるで発揮できなかったいてまえ打線、そしてシーズン以上の力を出し切ったヤクルト投手陣。いずれも古田の影響による。(「ミスターが見た日本シリーズ第5戦」、スポーツ報知、10/26)

(梨田監督は)「日本一は自分に与えられた使命」と悲そうな決意をにじませていたが、持てる力の半分も出せなかった。(日刊スポーツ、10/26)

シリーズ前、近鉄が神がかりの逆転劇をみせた終盤戦のVTRを擦り切れるまで見て、古田が「弾き出した答えが、パ・リーグの相手投手は、ストレート系のボールを打たれて、近鉄に勢いをつけさせた。変化球を有効に使えば、いてまえ打線も翻ろうできる、だった。」(スポーツジャーナリスト・永谷脩)(ZAKZAK 2001/10/26)

 口はすべることもある。第4戦、スワローズの先発投手前田浩継(「99年オフ、オリックスをわずか2年で解雇され、最初に近鉄の入団テストを受けた。梨田監督の目の前で投球を披露し、不合格を言い渡された。阪神、西武のテストも落ち、最後にヤクルトに拾われた」(スポーツ報知、10/24))が好投した試合の日、フジテレビ(関東地区の話しだ)の「スポルト(昔の「プロ野球ニュース」)」で、デーブ大久保が、「前田はレベルの高いところでやるようになって投球術を覚えた云々(一言一句発言どおりではないが、発言内容は概ね再現されているはずだ)」と口を滑らしていた。「 レベルの高いところ」、セリーグのことである。

 スワローズ優勝の決まった試合(10月25日の第5戦)の後、テレビ朝日(やはり関東地方の場合だ)の「ニュースステーション」のスポーツニュースに息せき切って駆けつけてかろうじて間に合った栗山英樹が、バッファローズの選手は力負けをしたという感じをもっているのではないか、といった趣旨の発言をしていた。これは口を滑らせた上での評言であるわけではなく、「実力が劣る」の婉曲表現[euphemism]としては常套的な言い回しの一つである。ただし、こう指摘された側は、自らの力の不足を正直に認めねばならないし、周囲は当然そう見ているとも認識しなくてはならない。

(中村)「ヤクルトは強かった。もっと緊張してもよかったですね。あまりにスムーズに入りすぎたのが悪かった」。古田の配球に戸惑い打撃のリズムを崩した。「こういう配球もあるのかと思った」(日刊スポーツ、10/26)

「完全燃焼しました。結果は出なかったけど…」。5回の反撃機に凡退した中村が今シリーズを淡々と振り返った。その言葉は、本心から出たものではないはずだ。シリーズ開幕戦。左腕・石井一に3三振を喫した。見逃しが2個。その夜、親しい知人に「恥ずかしいわ」と漏らした。(吉川学、中日スポーツ、10/26)

じょう舌だった中村が最後に言った。「もっと自分が大きくなるために、すごくいい経験になった」。悲願の成就へ、さらなる進化を誓った。(吉川学、中日スポーツ、10/26)

「ローズが屋外でも打率.364、本塁打16の成績を残していることを考えると、中村の打撃には甘いところがある。端的にいえばローズのスイングは安定しているが、中村は馬力で打とうしてスイングが乱れるときがある。それに、屋外では不可欠の風向きも計算に入れていないんじゃ…」とは、球団OBの野球評論家の分析だ。(夕刊フジ編集委員・高塚広司)(ZAKZAK 2001/10/26)

 バッファローズのあの投手陣ではスワローズの充実した打線を抑えることは難しいし、バッファローズのあの打線では、スワローズの堅実な投手陣を打ち崩すことは難しい。スワローズが毎回のように塁を埋めながら拙攻を繰り返していた第5戦(15残塁だった。スワローズが負けた第2戦も同じような試合運びだった。11残塁)、スワローズの選手もベンチも、勝てるはずのない試合に勝って優勝が決まってしまった、と感じていたとてしても、仮にジャイアンツが相手ならとうてい勝てるはずのない試合であったと、はたまた、スワローズ関係者は口が裂けても表立っては声にしないであろうが(それが礼節というものだ)、これでパリーグ優勝できるのか、と感じていたとしても不思議はない。 パリーグは投打ともにスワローズと対戦するには役不足のチームにリーグ制覇を許すほど、投打ともにセリーグの水準には達していなかったということだ。残念なことではあるが、ローズの55本塁打も相当に割り引いて考えなくてはならない(ローズの活躍にけちをつけるには及ばない。立派な成績であり、見事な活躍だった。賞賛はローズが当然受けるべき誉れである)。

 野球を普通に見ていれば、短期決戦になった場合、スワローズがヤンキーズに劣るのは(好投手ではなく)力ある投手の数であることが分かる(石井に匹敵する投手があと二人いれば、といったところだ)。マリナーズに足らなかったものと同じだ。スワローズとマリナーズが7試合戦えば、拮抗した好勝負を期待できるはずである。

 いつまで《ワールドシリーズ》の名称の僭称を見て見ぬ振りするのか。アメリカ(合衆国)=世界ではない、という事実を日常感じているのはかの連中だけではない……。くわばら、くわばら。


記 2001年10月26日
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