予備校講師の閑談
英語講師・横井順

「閑談」の目次に戻る

新聞の優劣―9月12日の社説から

Living in the later 20th century, we can have little doubt that newspaper reporting, news, and comment can be a (   a   ) of reality. (93、中央・法)
(空欄(a)には次の選択肢から適語を選択。
1 communication 2 distortion 3 reflection 4 rejection 5 research)
20世紀末を生きている私たちは、新聞報道、ニュース、評論が現実を歪曲したものである可能性があるということを、ほとんど疑っていないはずである。

  報道媒体を経由して私に届く情報のすべてが、その媒体の運営に関わる人たちの判断による取捨選択と改変を経ている。いずれにせよ、加工されている。たとえ、スポーツの実況中継、プロ野球中継でさえその例に漏れない。どんな人たちが情報の向こうにいるのか。

  反省から始まり、広い視野と一定の想像力に支えられた記述が続き、沈思で終わる社説がある。
An Unfathomable Attack (The New York Times ON THE WEB, SEP 12, 2001)(760語)である。

こんな反省的つぶやきで始まる。

Remember the ordinary, if you can. Remember how normal New York City seemed at sunrise yesterday, as beautiful a morning as ever dawns in early September.

いつもの風景を思い起こして欲しい、もし可能であれば。9月初旬のいつに変わらず美しい朝が明ける昨日の日の出時、ニューヨークはいかにも常のようであったことを思い起こして欲しい。

昨日とは、9月11日 (【New Terms & Usages】No.45 "September 11"参照)。
見識に裏打ちされた想像力が透けて見える記述。
Commentators throughout the day yesterday dwelled on the scale of the planning this terrorist mission must have required. But it is just as important to consider the intensity of the hatred it took to bring it off.  

評論家らは昨日一日中、このテロリストの任務が必要としたにちがいない計画の規模について長々と語った。 しかし、まさに同じくらい重要なのは、この計画を遂行するのに必要であった憎悪の激しさをじっくり考えることである。

(注)as important to consider .... (as to dwell on the scale of the planning) 。
(注)"bring it off"の"it"は"the planning"。

更に、見識が見識であるために不可欠の要素、冷徹を湛えた記述。
But this is an age when even revenge is complicated, when it is hard to match the desire for retribution with the need for certainty.

しかし、今の時代は復讐さえ入り組んだものである時代、報復の欲求と確証の必要性を調和させるのが難しい時代である。

突撃ラッパならサルでも吹ける。テロの向こう側に何が見えるのか。それを見るにはそこに見えるものが見えるだけの視野とわずかばかりの想像力を要する。
The same media that brought us the pictures of a collapsing World Trade Center shows us the civilians who live in the same places that terrorists may dwell , whose lives are just as ordinary and just as precious as the ones that we have lost.

崩落してゆく世界貿易センターの映像を我々にもたらしたのと同じ報道媒体によって、テロリストたちが居としているやもしれないのと同じ地域に暮らす普通の人々を我々は見せられる。そうした人々の暮らしは我々が失った人々の暮らしとまさに同じように普通のものであり、その命は我々が失った人々の命とまさに同じように大切なものなのである。

次のような沈思で終わる。
There is a world of consoling to be done.

今ここにあるのは、慰藉が求められる世界である。

  進軍ラッパから始まり胸のドラミングで終わる社説がある。
World must respond (From staff reports, Austin Daily Herald on-line[Texas] , Published Wednesday, September 12, 2001 11:45 AM CDT)である。

まず、けたたましいラッパの音が響く。

The group, or country, that carried out the terrorist acts against the United States on Tuesday must be immediately brought to justice.

火曜日に合衆国に対してこのテロ行為を実行した集団あるいは国家は直ちに裁かれねばならない。

そこにあるのは見識でも想像力でもなく、無条件反射的反応である。見えているのはテロリストとその巣窟だけである。
If a country is responsible, military action must be swift and catastrophic in nature.

もしある国が責任を負うべきであるとしたら、軍事行動はそもそも迅速かつ壊滅的なものでなくてはならない。

記述内容の重大さとは裏腹に、文章はだらしなく明晰さとは無縁である。

ここに集えとちぎれんばかりに旗が振られる。その旗の恐れ多いことは、あたかも三つ葉葵の印籠に等しい。

Nations throughout the world need to rise up and join the United States in pursuit of those responsible.

世界の国々は立ち上がり米国とともに責任を負うべきものたちの追求に当る必要がある。

速やかに恭順の意を示さぬ場合は、厳罰を、お家取り潰しさえ覚悟せよ。下品な恫喝である。
Each nation must make a choice and join the U.S. in pursuit, or be viewed as a supporter of terrorism and therefore an enemy of the United States.

各国は選択をした上で合衆国とともに追求に当らねばならない。さもなくば、テロを支持する側であると、それゆえ、合衆国の敵であると見なされねばならない。

胸のドラミングで終わる。強さの誇示である。
America has been challenged and it will meet the challenge.

アメリカは挑まれた。そしてアメリカはこの挑戦に応じるであろう。

Austin Daily Heraldの社説(164語)をただ単に引き伸ばすとSeptember 11, 2001(Washington Post.com, Wednesday, September 12, 2001)(1074語)になる。ひたすら憎むべき敵について、また、自衛と報復の必要及び決意について、更に多くの言葉数が尽くされている。

ワシントンポスト紙の社説はFRANKLIN D. ROOSEVELT'S PEARL HARBOR SPEECH (December 8, 1941)の一節を引用して終わる。

"No matter how long it may take us to overcome this premeditated invasion, the American people in their righteous might will win through to absolute victory. I believe I interpret the will of the Congress and of the people when I assert that we will not only defend ourselves to the uttermost, but will make very certain that this form of treachery shall never endanger us again."

「我々がこの予め計画された侵略を打ち破るのにどれほど長い時間がかかろうと、正義の力を有するアメリカ国民は絶対的勝利へと邁進するであろう。 私が信ずるに、私が議会と国民の意思を汲み取るのは、我々は自らを可能な限り防衛するだけではなく、二度とかくの如き背信によって我々が危険にさらされることが断じてないようにすると私が宣言するときだということである。 」(私訳)

(注)this form of treachery : 真珠湾の一件。

6倍強の語数が費やされても、格別言い足されていることとてない。ここでも、揚々と掲げられているのは騎兵隊の隊旗あるいは星条旗、高々と鳴り響いているのは進軍ラッパの音である。

(注)FRANKLIN D. ROOSEVELT'S PEARL HARBOR SPEECH (December 8, 1941)の全文は当サイト内の《資料的読み物》の頁参照。


記 2001年10月5日
この頁の先頭

「閑談」の目次に戻る  /  top pageに戻る

All Original Material and HTML Coding Copyright © digbook.com. All Rights Reserved.

(許可なく複製・転載することを固く禁じます)